千寿七福神巡り(4) 千住本氷川神社(大黒天)

 1月9日、労組OB・OG会の仲間と共に千寿七福神巡りに行ってきました。
 今回はその報告、4回目です。

 7番目の大黒天を祀る千住本氷川神社に向かう途中、千住新橋のたもと近くにある足立区の施設「学びピア21」に立ち寄りました(写真、左下)。この建物の4階デッキ(写真、右下)から荒川が見渡せます。
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 デッキから荒川の堤防へ降りて撮った写真。左下は千住新橋。右下は首都高中央環状線とJR常磐線の鉄橋。
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 千住本氷川神社に向かう前に、旧日光街道の宿場町通り商店街 (北千住サンロード商店街)を歩きました。商店街の北の外れには、古い建物が残されています。

 横山家住宅(伝馬屋敷・地漉き紙問屋)
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 千住宿の北のはずれに、江戸時代に建てられた奥行きの長い商家で、伝馬屋敷の面影を今に伝えています。「浅草紙」(今で言うトイレットペーパー)として梅田や本木の農家から漉き返しの再生紙を買い入れ、日本橋方面へ売りさばいていました。
 明治維新の上野戦争の折には、彰義隊士によって、玄関の柱に刀傷をつけられました。太平洋戦争でも火災を免れ、今に残っています。
 
 千住絵馬屋・吉田家
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 吉田家は、8代続いた絵馬屋です。千住宿内や近郊農村の人々に絵馬、地口行灯提灯、ビラの揮毫を生業としていました。外観はリフォームされていますが、かなり古い建物らしい。
 現在は、眼病平癒や学業成就を願う絵馬を作っています。製作者吉田晁子さんは、足立区登録無形民俗文化財保持者です。


 大黒天を祀る千住本氷川神社です。12時半にJR北千住駅を出発し、3時25分頃到着しました。
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 境内は意外に広く、鳥居を入って右手奥に社殿がありました(昭和45年新築)。
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 鳥居の正面にあった旧社殿は取り壊され、向拝部分を改築して末社とし、その中に大黒天が祀られています。
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 中は暗くて写真を失敗したので、大黒天の写真は神社のHPから拝借しました。
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 旧社殿向拝の彫刻が素晴らしい。
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千住本氷川神社
 鎌倉時代の徳治2年(1307年)に今の千住曙町に創設された牛田氷川神社が本神社の発祥。
 江戸初期に、現在地に千葉氏の一族であった権の兵衛(小林氏)等の地主が土地奉納によって分社を建立した。 明治43年隅田川の洪水を防ぐ為、千住町北側に荒川放水路構築、この用地に鎮座の氷川柱を分社に合祀。別当寺の西光院は放水路南、隅田川添いに移築、共に現在に至る。
 旧社殿は日光東照宮造営に奉仕した大工が建立したと伝えられているが、棟札等は判明していない。

 千住本氷川神社で解散となりましたが、有志20名弱が北千住駅近くの居酒屋で新年会を行いました。


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